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オーナーです。今回のテーマは「阪神淡路大震災」です。
画像:Yahoo news
平成7年(1995年)117日午前546分、阪神間に震度7(マグニチュード7.3)の巨大地震が発生し6,000人を超える死者がでました。後に起きた東日本大震災が2万人を超える死者や原発事故などもあった事で、今では大震災=東日本のイメージが強いですが、発生当時それはもう大変なものでした。(ちなみにオーナーは東日本大震災も実体験しています)

当日の朝、経験したことのない大きな揺れで起こされ、直感的に東海地震だと思って名古屋の知り合いに電話したら「こっちじゃない、大阪だ」との返事。すぐにTVをつけたら、神戸から大阪にかけて震度5から6があちこちに点滅していました。

まだ真っ暗で被害が断片的にしか判らない。それが神戸のあちこちで火の手があがり出し、夜明けと共に高速道路が倒れているのが映し出されて、とんでもない事が起きたと知るようになります。「神戸が燃えています!」と叫んだアナウンサーの悲鳴は今でも耳に残っています。


関東大震災を教科書で知ってはいましたし、東海地震や東南海地震が来るとか言われてはいましたが、頭で判っていると云う事と実体験をすると云う事の違いをイヤと言うほど思い知らされました。

すぐに救援物資を運んだ知人は死体を幾つも見たと言ってました。生きてる人を助けるのが先だと、亡くなった方は後回しにされたんです。潰れた家から出れず「熱い、熱い」と言いながら生きたまま焼かれた人の話も聞きました。亡くなった親兄弟を積んだトラックを涙で見送った人もたくさん居ます。

私も魔法瓶にコーヒーを入れて何度か被災地に行きました。通りの瓦礫はまだ焦げ臭く、小さな花束が添えられていました。海岸に近い道は海側に傾いたり液状化で吹き出した砂で覆われていました。歩きながら人間とは大自然の前ではかくも弱い存在かと思い知りました。いつものお店、いつもの顔が一瞬にして消えてしまう。当たり前の日々は、実は当たり前じゃないと云う事を知りました。

今、新型コロナで我々は当たり前の日々を送れないようになっています。地震のような災害ならみんな我慢するし、助け合えるし、復興を目指して歩んでいく事が出来ます。しかし今回のウイルスは目に見えた被害が出ない上にいつまでも我慢を強いられる、これは辛いですね。戦争なら細菌兵器は下手な爆弾よりも強力でしょう。白旗上げて降参するからワクチンを貰いたいですが、そのワクチンが桃太郎のきびだんごみたいだと困りますね。

最後は変な方向に話が行ってしまいましたが、人生一寸先は闇と云う事で、日々を悔いなく生きる、現状を淡々と受け入れる。人間万事塞翁が馬という名言で今回は締めくくります。

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